鮨屋の“見えない仕込み”─ネタとアニサキスの話

コラム

美しく握られた一貫の裏側には、見えない仕込みの技がある。とりわけ生食を前提とする青魚(サバ・アジ・イワシなど)において、アニサキス対策は寿司職人の重要な仕事のひとつです。

中でも鯖は、その脂の旨さと香りで人気の寿司ネタである一方、アニサキスのリスクが高い魚としても知られています。実際、アニサキス食中毒の報告の多くは鯖やイカに集中しており、専門店ではこれに対する対策が常に求められています。

アニサキスとは何者か?

アニサキスとは、海産魚介類に寄生する線虫の一種で、体長は2~3cm。目視で発見可能な白い糸のような虫で、主に魚の内臓や筋肉中に存在します。人間が生でこれを摂取すると、数時間以内に激しい腹痛や嘔吐などのアニサキス中毒

を引き起こします。

特に鯖の場合、鮮度の低下や締め処理の遅れによって、内臓から筋肉部位にアニサキスが移動するリスクが高まり、そのまま刺身や寿司で提供すれば高確率で被害につながる可能性があります。

鮨職人の基本対策:冷凍処理と目視確認

現代の寿司店において、アニサキス対策の主軸となるのが冷凍処理です。日本の厚生労働省は、「−20℃で24時間以上の冷凍処理」を施すことでアニサキスを死滅させることを推奨しています。

そのため、多くの寿司店では以下のようなステップを踏んでいます:

  • 仕入れた鯖をすぐに三枚に下ろし、血合いや内臓膜を丁寧に除去
  • 筋肉部位を目視とピンセットでアニサキスを確認・除去
  • その後、−20℃以下で最低24時間の冷凍処理を施す
  • 解凍後、酢締め・昆布締めなどの調理を行う

このような処理によって、安全かつ美味しく仕上がった鯖の握りが提供されているのです。

生のまま出す“地魚志向”とのジレンマ

最近では、「冷凍処理していない新鮮な地魚をそのまま出したい」という志向も一部の高級寿司店で見られます。しかし、アニサキスのリスクは“天然魚”の証でもあることを忘れてはなりません。
たとえば、漁師との連携で「船上活け締め+内臓処理済み」の状態で仕入れるルートや、アニサキス検査機(高輝度LEDや近赤外線スキャン)などを活用した対策も徐々に導入されつつありますが、コストや技術的ハードルも高いのが現実です。養殖の鯖でアニサキスの心配のないものもブランド鯖として開発が

食の安全と、伝統のバランス

江戸前寿司においては、かつてから「酢締め」「湯引き」「昆布締め」「焼き入れ」など、保存と安全性を担保する“技”が受け継がれてきました。アニサキス対策もまた、この流れを現代に受け継ぐもの。
冷凍という工業的技術と、職人の目利きと仕込み技術が融合することで、「安心して美味しい鯖の握り」を味わえる現在があるのです。

まとめ:旨さの裏側にある“衛生という美学”

一貫の鯖寿司に、冷凍の痕跡はない。だが、その裏には命を預かるプロの判断が光っています。
アニサキスという見えざる敵と日々対峙しながら、最高の状態でネタを仕立てる寿司職人。その姿勢は、「旨さ」だけでなく「安心」という味わいも一緒に握っているのです。

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