平貝の磯辺焼き tairagai no isobeyaki
■ 料理の手順
- 下処理:平貝を殻から外し、貝柱をきれいに掃除する。表面のぬめりや筋を取り除くことで、口当たりが滑らかになる。
- 切り付け:肉厚の貝柱を縦に割り、厚みをやや抑えて火の通りを均一にする。
- 焼きの準備:表面に軽く塩を振り、片面に海苔を巻きつける。海苔の香りが炙りの熱で立ち上がり、磯の風味を倍加させる。
- 炙り焼き:直火または炭火で軽く炙る。貝の甘みが表面に滲み出し、海苔の香ばしさと一体化する瞬間が「磯辺焼き」の醍醐味。
■ 手仕事としての工夫と食材の変化
- 包丁の入れ方によって、噛みごたえが強い貝柱を柔らかく仕立てるのが職人技。格子状の飾り包丁を細かく入れることで、焼き上がりがふっくらとし、口に入れた瞬間に甘みが広がる。
- 海苔を巻くのは単なる香り付けではなく、**炙ることで生まれる“海苔の焦げ香”**を演出するため。平貝の甘みと磯香が調和し、余韻に複雑さが増す。
- 火入れは一瞬。長く焼きすぎると硬くなるため、「貝の中心に半生を残す」ことで、歯ざわりと甘みのコントラストを楽しめる。
■ まつわるエピソード
江戸前の寿司屋では、板場に座った常連客に「ちょっと一品」と出すつまみの磯辺焼きは、握りの前に腕を試される料理とされてきた。
平貝は季節限定のネタであり、春から初夏にかけてしか味わえない。そのため、この磯辺焼きを口にできるのは、寿司屋に通い慣れた客だけの“特権”とも言われる。
焼き立ての熱気と磯の香りが立ちのぼる瞬間に、「旬を知る愉しみ」が凝縮されている。
■ 合わせるワイン:ペサック・レオニャンのソーヴィニヨンブランとセミヨン
◯ ペアリングのロジック
- ソーヴィニヨンブランのグラッシーな清涼感、セミヨンのふくよかさが、平貝の肉厚でジューシーな甘みを包み込み、口中でふくらみを増幅させる。
- 樽熟成からくるナッツやトースト香が、海苔を炙ったときの香ばしさと見事にリンク。寿司屋の火仕事とボルドーの熟成香が重なる。
- ペサック・レオニャン特有の燻したようなニュアンスが、磯辺焼きの“炙り”の余韻を長く引き伸ばし、料理をより立体的に演出する。
- フランス南西部のクラシカルな白ワインと、江戸前鮨の職人仕事が交差することで、「海苔 × 木樽」という異なる文化圏の香りの融合が成立する。