ワインペアリング 蛤 hamaguri

第1回の主役は、春の象徴でもあるハマグリです。
香り立つ潮のニュアンス、火を入れたときのふわりとした甘み、そして身の弾力と余韻の美しさ——。

貝の個性を引き出すために、まず殻付きのハマグリを蒸すことから始めます。酒を一滴、香りが立ち、貝が静かに開く瞬間を見逃してはなりません。身を崩さぬように丁寧に外し、白出汁と昆布水の合わせ液にもう一度浸けて旨味を戻します。その後の仕上げには、2つの「設え」の選択肢があります。

1つは、煮詰めた煮汁からつくる自家製の「ツメ」。艶やかな照りとほのかな甘さが加わることで、ネタに奥行きを与えます。
もう1つは、藻塩に柚子皮やすだちを添える、より素材に寄り添うスタイル。シンプルな分、素材とシャリ、そしてワインに求められる調和は格段に繊細になります。

同じハマグリでも、それぞれの表現には、それぞれ異なるワインを合わせます。

まず、「ツメ」で仕上げたハマグリには、ドメーヌ・タンピエのバンドール・ロゼ
ツメ仕立てのハマグリに、ムールヴェードルの赤系果実の芳香、クミンやタイムのようなスパイス、石灰質土壌に由来するミネラル感が絶妙なバランスで寄り添い、味わいの奥行きを支えます。

一方、塩と柑橘の握りには、より研ぎ澄まされた酸とミネラルが必要。たとえばシャブリのプルミエ・クリュやリアス・バイシャスのアルバリーニョ。日本ワインであれば、甲州の静かな香りが絶妙な伴奏者になり得ます。

これらが、味わいによるペアリングです。

ただ、味と香りのみならず、文化的文脈を合わせるのもペアリングの奥深さであり、遊びの余白です。
ハマグリは、桃の節句の祝い膳に使われる縁起物。ぴたりと重なる対の貝殻は、良縁・夫婦和合の象徴です。ならば添えたいのはやはりロゼです。柔らかな桃色が、春の訪れと祝祭の空気を感覚的に表現してくれます。

同じネタでも、職人の手と意図によって設えが変われば、ペアリングの景色もまったく異なります。
「どう合わせるか」だけでなく、「どう仕立てるか」。
鮨とワインの間にある無限の可能性を、実践と対話で紐解いていくスシマニアとワインオタクのための創造の場として続けていきたいと思います。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次